東日本大震災の衝撃から早いもので3か月が経過しようとしています。少しでも被災地のお役に立ちたいという思いで,今回子どもたちのPTSD回復プログラムも作成しましたが,その中で阪神淡路大震災の時のことを思い出しました。
阪神淡路大震災の際には,ちょうど仕事の区切りがついた時期と重なり,ボランティアに行くことができました。地震からちょうど2カ月くらい経過した頃だったと思います。避難所生活をする大人たちが忙しいので「子どもたちの遊び相手をする」という活動でした。大学生などと3人でチームを組んで避難所に出向き,小学生の子どもたちの遊び相手をするわけです。5~6人の子どもたちと,縄跳びをしたり,鬼ごっこをしたり,絵本を一緒に読んだりしました。最初は仲良く遊ぶことができるのですが,しばらく時間が経つと,必ず子ども同士喧嘩が始まります。それも特にこれといってきっかけがあるわけではないのです。気がつくとかならず喧嘩が始まっています。
そうなるとそれぞれの子どもたちが私たち大人のボランティアを「あっち行こう!」と言って,手を引っ張って連れていきたがります。一緒に仲よく遊ぶことはまず難しくなります。
そうやって2人くらいの子どもと一緒に遊んでやると,その時間は喧嘩したこともけろっと忘れたように楽しんで遊ぶことができました。そしてしばらく時間を過ごすと,喧嘩のことなど忘れてまた5~6人のグループに戻って一緒に遊ぶこともできるのです。
また,時間が来て私たちが帰ろうとすると,必ず何かと話しかけてきて私たちを引きとめようとします。少し相手をしてあげるとやっとあきらめて開放してくれる,ということが繰り返されました。
その子どもたちは,おそらく被災前ならばごく普通に落ち着いて仲良く遊んだりすることができていたのだと思います。強いショックを受け,常に不安を感じているためにそういう行動になったのでしょう。
「子どもは親の愛を独占しようとする」と言います。「みんなの中の一人」としてではなく,「自分に」愛情を向けて欲しいと望むということです。そして,「自分に」愛情を向けてくれたという安心感がその後の子どもの強固な精神的安定の基盤となるといいます。自然災害という強いショックに置かれた子どもたちは,「誰か大人に関心も持ってもらいたい,注目してもらいたい」という欲求が強くなっているわけですが,それは一種の退行現象ともいえるかも知れませし,そうやって何とか精神の安定を回復させようと子どもなりに必死に取り組んでいる姿とも言えると思います。
最も大切なことは,大人たちが少しでもいいからその子どもに関心を向ける時間を持つことかもしれません。その中で子どもたち自身が傷を癒し,次のステップに進んで行けるようになるものと思います。
また,人は苦しい体験をしたとき,それを一人で抱えてなくてはいけないということが最も辛いことです。そういう時に,少しでも肯定的な関係の中で感情の交流ができれば,それが子どもたちの生きる力の回復につながるものと思います。今回作成したPTSD回復プログラムもその一助となるものと思います。学校などで活用していただけたらありがたいと思います。
子どもたちの心の傷が癒され,未来へ向かって歩いて行けることを,祈ります。
2011.6.1(豊永)