「卵が立つ」~信じ、任せることの力

 数年前に、故野口三千三先生(体操の先生)の著書の中で、「生卵は立つ」という話を読みました。ふと自分もやってみたくなり、卵を立ててみました。しばらく時間がかかりましたが、卵は立ちました。

 それ以来、できそうにないと思っていたことができたことの不思議と、静かに凛と立ち続ける卵の姿の美しさに魅せられて、繰り返し立ててみました。どこにも重さが偏らず、バランスの整う一点が定まった時、そしてその「時」を立てている人が感じ取り、卵が立つことを信じて、重力に任せて指を静かに離すとき、卵は立つようです。

 その後、折に触れて「卵が立った」ことを話していたら、「立ちました!」という報告が、中学生や高校生、職場の同僚や友人・知人から舞い込むようになりました。あるスポーツの全国大会前夜に卵を立てて心を静めたという中学生がいました。講義を受け持っているある学校の少人数クラスでは、一人が立てると場の雰囲気が変わり、やがて一人、また一人と全員の卵が立ち、不思議な一体感が生まれたこともありました。一方、自分自身、疲れやイライラ、気負いがあると中々立たず、卵のせいにしてあきらめたこともありました。

 「卵が立つ」プロセスを通じて、自他それぞれの内にある力を信じ、それに任せて目の前のことに取り組む中で、変化が生まれることを感じています。学校の相談室や保健室で出会う子供たちの多くは、大人の中で、或いは子供の集団の中での様々な経緯を経て、傷つき、自信を失くして落ち込み、或いは、他人を信じて良いつながりをつくることが出来づらくなっているようです。

 冒頭に挙げた野口先生は、一つの動きでいいから、繰り返し、繰り返し丁寧に行っていると、無限にいろいろなことを教えられると言っています。子どもたちがそれぞれに、今どんな心と身体の状態にあるのか、そして本来の生命力を取り戻し、或いは発露させていくためには、どんな体験が必要なのかを考えるとき、私にとって、卵は今も、様々なことを教え続けてくれています。

2010.9.1(竹下)