不登校は 誰でも 直面することのある 時代の問題です。
学校や家庭のちょっとした努力で解決することもあります。
解決しないまま 長引くことも あります。
どうにもならない そんなとき 少し 手助け 出来るかもしれません。
手助けするために 専門の ネットワークを 組みました。
前回は、「ストレスがあるからこそ人格の発達がある」という趣旨のことを書きました。では、現代の子どもたちはあまりストレスにされていないのでしょうか?それとも過剰なストレスにさらされて弱っているのでしょうか?
この問いに対しては、YESでもありNOでもある、と考えます。
例えば、次のような種類のストレスはかなり減っているのではないでしょうか。「友達と喧嘩をする」「年下の子どもたちの面倒をみる」「子どもどうしで遊ぶためにルールを工夫する」「家でお手伝いをしなくてはいけない」「親だけでなく祖父母など、多くの大人の相手をしなくてはいけない」「地域社会の行事に参加し、多くの大人の相手をしなくてはいけない」などです。
ここで「ストレス」という用語について補足しておきたいと思います。正確には身の回りに起こる出来事が「ストレッサー」で、それによって引き起こされる心身の反応が「ストレス反応」と言われるものです。しかし、一般には「ストレッサー」と「ストレス反応」を区別せずに使われていますので、ここでもストレッサーとストレスを区別せずまとめて「ストレス」と表現しています。ご了解ください。
さて、前回は「人生はストレスによって構成されていると言っても過言ではない。だから、様々なストレスに出会ったときそれを『当たり前』のものと受け止めることができればそれだけで苦しさは半減される」という趣旨のことを書きました。実は、ストレスについてはさらに別の側面からの見方も可能だと思います。それは「ストレスが人を育てる」という視点です。
大人の感覚では「そんなに強いストレスを感じる出来事ではないだろう」と思う出来事で社会的な不適応に陥ってしまう若者が増えているということは,やはり若者のストレス耐性が全体的に低下傾向にあると考えるべきなのでしょう。
話は変わりますが,以前,けっこう山に囲まれた地域の学校に勤務したことがあります。標高がそれなりに高いので,雪が積って通学のためのバスが動かなくなることが年に数回あります。
ワークショップの準備などであわただしかったこともあり,しばらく通信が更新されていませんでした。申し訳ありません。
昨年度末に放送されたNHKの「クローズアップ現代」で「現代型うつ」について特集されていました。「現代型うつ」というのは,もちろん正式な病名ではありません。最近若者を中心に増えてきた,ある特徴をもったうつの様態を指しているようです。その特徴とは,
現代の家族と子育てを考えるワークショップ・第2回「ストロークから子どもの発達を考える」 が2011年10月16日,熊本市現代美術館会議室にて開催されました。18名の参加でした。講話とグループワークを通じ,子どもの発達にとって重要なことは何か,一緒に考えることができました。来年度以降も継続して開催していく予定です。
東日本大震災の衝撃から早いもので3か月が経過しようとしています。少しでも被災地のお役に立ちたいという思いで,今回子どもたちのPTSD回復プログラムも作成しましたが,その中で阪神淡路大震災の時のことを思い出しました。
阪神淡路大震災の際には,ちょうど仕事の区切りがついた時期と重なり,ボランティアに行くことができました。地震からちょうど2カ月くらい経過した頃だったと思います。避難所生活をする大人たちが忙しいので「子どもたちの遊び相手をする」という活動でした。大学生などと3人でチームを組んで避難所に出向き,小学生の子どもたちの遊び相手をするわけです。5~6人の子どもたちと,縄跳びをしたり,鬼ごっこをしたり,絵本を一緒に読んだりしました。最初は仲良く遊ぶことができるのですが,しばらく時間が経つと,必ず子ども同士喧嘩が始まります。それも特にこれといってきっかけがあるわけではないのです。気がつくとかならず喧嘩が始まっています。
東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
私たちにできることは何かないかと考え,子どもたちのためのPTSD回復プログラムを作成しました。
学校等で活用していただけたら幸いです。
また,通常の学級で「コミュニケーション促進」や「コミュニケーショントレーニング」のプログラムとしての使用も可能です。
2011.5.26
今年3月、新任の頃お世話になったA先生が退職されました。たくさんの叱咤激励を受けた中で、最も印象に残っているのが、部活動の指導についてです。ある部活を担当したところ、自分は一所懸命やっているつもりでしたが、子どもたちは、なかなか言う事を聞いてくれません。そんな時、A先生から、
日々の臨床場面で出会う親御さんはその殆どが、子ども時代、多くはその親との関係の中で様々な満たされぬ思いを抱いた体験を持っておられると感じます。親にしてもらったことがないことを、自分が親になったときに子どもにすることは、とても難しいことだと思います。「自分が味わった思いを子どもにはさせたくない。」と、その難しい課題に果敢に取り組もうとされている姿は尊く、心の中で手を合わせます。
小学生が携帯電話を持っているのも珍しくない時代になってしまいました。若年層が携帯電話を持つことの問題点について,「犯罪に巻き込まれる危険性」や「有害情報に接する機会が増える危険性」がよく指摘されています。これらも非常に大変な問題です。しかし,「携帯電話が家族の機能にどういう影響を与えるか」という視点からその危険性が指摘されることは少ないようです。今回はそのことについて考えてみたいと思います。
中高校生で,ひまさえあればメールの送受信をしている,という生徒がけっこういます。そういう生徒に話を聞くと「携帯を持っていないとすごく不安でたまらない」といいます。いわゆる「メール依存」の状態といっていいでしょうか。これが大人であれば,そういう状態に陥ることはあまりありません。青年期は「家族外の人間関係を構築し,それによって社会性を発達させる」という発達上の課題があり,自然に「家族外の人と交流したい」という欲求が生じるからだと思います。
一昔前の青年期には,せいぜい固定電話くらいしかなく,いったん家に帰ってしまうと,そう簡単に友達に連絡はとれませんでした。それに比べると今は「連絡を取りたい」と思ったらすぐにメールで連絡がとれてしまいます。今の若者の中では「友達は常につながっているもの」という感覚になっているのではないでしょうか。40代以上の年代にはちょっとその感覚は理解できにくいと思います。
では,「常に友達とつながっている」という状態は,青年期の子どもたちの発達にとって望ましい状態なのでしょうか?